CHROFYは、「人的資本」や「人的資本経営」に関する専門家たちのご協力のもと、人事・経営に役立つ情報を定期的にお届けしています。
【人的資本経営ストーリー作成塾】では、事業創造大学院大学 一守靖教授から、人的資本経営や人的資本経営のストーリーを作成する上でのポイントなどを解説していただきます。
第6回は、引き続き「人的資本経営モデル」についてお届けします。
プロイハートとモルテルノ(Ployhart & Moliterno,2011)は、個人レベルのKSAOが組織のパフォーマンスにつながる現象を、コズロウスキー(Kozlowski)とクライン(Klein)が2000年に提唱した「創発」というプロセスを用いて説明しています。
「創発」というのは、物理学や生物学などで使われる「Emergence」(発現)という言葉を起源とする、部分の性質の単純な総和にとどまらない新たな特性が、部分の集合体である全体として現れることをいいます。
個人レベルのKSAOが集ると、それは単に個々のKSAOの合計値に留まらず、それが互いに影響し合うことによって組織レベルのKSAOとなり、他社には真似のできない組織能力が備わると考えられています。プロイハートとモルテルノはこれを「創発によるマルチレベルモデル」と呼んでいます(図2)。
出所; Ployhart & Moliterno(2011,P133)をもとに筆者作成
たくさんのプロジェクトチームが日々動いていると思い ます。複雑なプロジェクトでなくとも、大抵の場合はチームメンバーが定期的に集まって報告の場が持たれるでしょう。そのような場では、各メンバーが自分に与えられたタスクの進捗を方向するとともに、問題点や疑問点が共有し、その解決方法について議論がなされます。
こうしたやりとりは、タスクの報告をする本人はもちろん、他のメンバーの行動にも影響を与えます。学習のプロセスが働いているのです。
多くの企業では「朝礼」が行われていることでしょう。「朝礼」では、企業理念を復唱したり、その日の業務予定を共有し合ったりしているはずです。多くの人は、この「朝礼」を無駄なことだと感じているかもしれません。筆者もその1人でした。しかしあらためて創発の理論をもとに考えてみると、朝礼によってチームの他のメンバーが何をしているのか、何に困っているのかなどが共有され、その解決方法が議論されるというのはプロジェクトを通した情報共有と構造的には同じものです。自分が何に取り組んでいるか、課題は何かを言語化して共有する「朝礼」の効力を見直しても良いかも知れません。
人は仕事を通して、その成功や失敗の経験から学習します。良い仕事をすれば上司に褒められるし、高い評価や昇給につながるかも知れません。自分が何らかの行動を起こしたり何かを述べたりすると、それに対して他者が反応します。その時の他者の反応を観察して、自分の行動や言動が組織に求められているかどうかを頭の中で整理します。もしそれが賞賛を示す反応であると整理されたのであれば今後もその行動を繰り返し、非難を示す反応であると解釈すれば今後その行動は繰り返されず、新たなやり方を試すでしょう。
同時に人は、そのようにして学んでいる人を見て学びます。これをモニタリングによる学習といいます。
ある人がある行動や態度を示したことによって周囲から賞賛されれば、それを観察していた人が自分も同じように周囲から賞賛されようと、その行動や態度を自分にも組み入れてみるものです。
こうした動きが組織の中の随所で行われることによって、組織のメンバーは共通の思考様式、行動様式を持つようになります。それによって、組織の能力、すなわち組織レベルの人的資本が形成、強化されていくのです。
このように、メンバー間の交流が組織レベルの人的資本の向上につながるわけですから、チームで取り組むタスクの複雑性が増せば、さらに協業の必要性が高まり、ひいては組織レベルの人的資本の価値も増すことにつながります。
コズロウスキーとイルゲン(Kozlowski & Ilgen,2006)も、組織レベルのタスクが複雑になると、その複雑さが個人の感情と認知に働きかけ、個人はその複雑さに対応するための行動をおこし、これによって人的資本の創発を促進する環境が組織内に構築されると主張しています。
タスクの複雑性が高い状況では、組織のメンバー間で詳細な双方向のコミュニケーションをとらなければ、タスクの全体最適化が図れません。コミュニケーションが活発になると、自分が直接かかわっていない役割の仕事についても知識を持つようになります。
最近多くの企業が注目している多様性の拡大も同様の効果が期待できます。
多様性の程度が高い企業では、従業員一人ひとりが自分の考えを言語化して示さないと真意が相手に伝わりません。それがコミュニケーションを活発化し、お互いに異なる価値観やアイデアが共有されて新しいものが生まれていくのです。
次回からは、これまでにご説明した人的資本経営モデルをベースに、その各要素の連動性を確保したまま全体のストーリーを構築するにはどうすれば良いのか、という点について考えてみたいと思います。
(参考文献)
Ployhart, R.E. and Moliterno, T.P. (2011). ‘Emergence of the human capital resource: a multilevel model. Academy of Management Review, 36: 1, 127–150.
Kozlowski, S. W. J., & Ilgen, D. R. (2006). Enhancing the effectiveness of work groups and teams. Psychological Sciences in the Public Interest, 7: 77–124.
一守 靖(いちもり やすし) 事業創造大学院大学 事業創造研究科 教授
慶應義塾大学経営学修士(MBA)、同博士(商学)。ヒューレット・パッカード、シンジェンタ、ティファニー、NCR等の外資系企業、ならびにbitFlyer等のベンチャー企業における人事部門の責任者としてジョブ型人事制度の導入、社員教育、組織文化の変革、人事部員の育成等を推進すると同時に、複数の大学院において教育・研究活動に従事。現在、事業創造大学院大学においてMBA学生を相手に「組織マネジメント/組織行動論」、「人的資本経営とDX」などを教えるほか、法政大学経営大学院兼任講師、富山大学大学院非常勤講師、ピープルマネジメント研究所代表を兼務。専門は人的資源管理論、組織行動論。
主な著書:「人的資本経営のマネジメント:人と組織の見える化とその開示」(中央経済社 2022年)
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