【HRMエキスパートの視点】第4回人事のデータ活用を阻む3つの壁

CHROFYは、「人的資本」や「人的資本経営」に関する専門家たちのご協力のもと、人事・経営に役立つ情報を定期的にお届けしています。

 

【HRMエキスパートの視点】では、事業会社の人事部門における実務視点と、HRMコンサルタントの視点の両面の視点をお持ちの株式会社Trigger 代表取締役 安松 拓也氏から、「人的資本」や「人的資本経営」に関する業界の動向や見解をご紹介いただきます。

 

第4回は、「人事のデータ活用を阻む3つの壁」をテーマに解説していただきます。

 

 

人事のデータ活用を阻む3つの壁

ここ数年、「データドリブンな人材マネジメント」の話題が隆盛です。また情報開示の必要性から高まった人的資本経営の観点からも、人事領域におけるデータ活用は、今後ますます人事の中核的なイシューになってくることは間違いありません。人事部門の中に専門組織ができたり、専門人材が配置されたりすることも増えてくるでしょう。

それと同時に、様々な関連サービスやツールが誕生し、データ活用の知見も広がっています。人的資本可視化のための統合システム「CHROFY」もその1つです。

 

ただ、私自身がこれまで勤務してきた会社、あるいは現在ご支援している会社の状況からは、データに基づく人的資本のモニタリング、あるいはデータに基づく人事の意思決定を恒常的に行う状態に至るは、「まだまだ道のりは長そうだ」というのが体感値です。一体何が、人事のデータ活用を阻んでいるのか?

そこには人事部門における「集約」の壁、「継続」の壁、「活用」の壁と、3つの壁があるように感じます。

 

 

1.「集約」の壁

人材マネジメントに関する情報・データはとにかく散在しています。これは、人材マネジメントが幾つものプロセス・業務から成り立っていることに起因します。人材採用→教育→配置→評価→報酬→退職..etc、人材マネジメントにはこのような一連の流れがありながらも、それぞれのプロセス・業務は別々に行われます。そして業務ごとに最適な情報・データ管理手法やツールを用いるため、情報が散在するのは宿命です。また、大きな会社になるとプロセス毎に組織・チームが編成されている場合も多く、なおさら業務の個別化が起こりやすくなり、そもそもどこにどのような情報があるのか?さえ分からなくなります。これが「集約」の壁です。

 

例えば、人事部の皆さんならご経験があるかもしれませんが、人事部には毎年、四季報や新聞雑誌各社、あるいは経団連等の団体から人事に関するアンケートの要請が来ます。このアンケートに答えるには、「人事部を挙げた一大活動(?)」をしなければなりません。私は当時人事企画部門のマネージャーをしており、このアンケートを取りまとめる立場にありましたので、採用・教育・労務等々の各チームのマネージャーに依頼し、データを集めてもらい、集めたデータを集計・集約してまとめる。やっと終わったと思ったら、今度は別の雑誌社のアンケート依頼が来て、同じような設問項目なのに集計対象期間が異なるため、再び各チームのマネージャーに依頼し・・・(辟易)。

 

アンケートは些末な一例ですし、「うちはそんなことはないよ」という企業様ももちろんあると思いますが、ここで言いたかったのは、モニタリングや人事施策の検討・判断を行うための人事情報・データの集計・集約の為には都度かなりの労力をかけなければならない場合が多く、ごくごく基本的な人事情報であったとしても、これはなかなか難しいことである、ということです。

 

 

2.「継続」の壁

次に直面するのは、情報・データを定期的に整備し、蓄積・管理し、いつでも参照できる状態を保つ「継続」の壁です。人材マネジメントに関する情報・データの集約・集計は、ある特定の人事課題の抽出や施策の検討を目的として行われることがほとんどです。経年データを集計することもありますが、やはりその時点で必要な用途の為に行われることが多いでしょう。人材マネジメントの状況を恒常的・継続的に把握することを主目的として、また把握のための多数の要素・指標を統合・俯瞰することを目的として情報・データ集約が継続的に行われることは、まだまだ少ないのではないでしょうか。

これにはいくつかの要因が考えられます。

 

  • 人事メンバーが多忙ゆえに、目前に必要な情報集約に終始し、継続的に蓄積していく前提で情報集約することは稀であること
  • 担当者の異動や退職によって業務継続が途絶えること
  • 人材マネジメントのプロセス・業務ごとにチームが区切られおり、チームごとに最適な業務遂行方法を追求するため、統合的・俯瞰的な観点で人材マネジメントに関する情報・データをモニタリングすることの動機・必要性が乏しいこと

一部の企業様では、データドリブンHRや人的資本経営の動機から、統合的・俯瞰的な人材マネジメント情報の継続的な集約が志向され、大きな会社では専門組織が設置されているケースも出てきました。しかしその内実は、専門組織が旗振りはしつつも、各プロセス・業務に関するデータはそれぞれのチーム/担当者が、「集約」の壁に直面しながら苦心して加工し提出している、という実態も多そうです。

 

 

3.「活用」の壁

私自身の経験ですが、似たような経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。

「人材マネジメントに関する統合的・俯瞰的な情報・データを頑張って集約し、苦心してHRレポートが出来上がった!」

「それを見て、詳細な実態の把握や様々な気づきを得ることができて良かった!」

「それで、どうしよう・・・?」

これが「活用」の壁です。

 

人的資本は開示の必要性ために可視化するのではない。自社の経営戦略に基づく人事戦略を、KPIによって目標設定しモニタリングしていくことで実行・達成していくためのものである。この本質的な目的から考えれば、情報・データ活用のためには、まずは経営戦略に基づく人事戦略の策定、人事戦略の遂行状況をモニタリングするKPI設定が必要、という論理になります。

ただ、鶏が先か卵が先かの話として、そもそも人事戦略を構想・策定する際には、何が経営戦略に資する人事領域の重要成功要因(KSF:Key Success Factor)なのかを特定・分析することが必要になってきます。財務的な業績や生産性等の各種経営指標の推移と人事に関する各種指標・データを両者照らし合わせて、指標の変化を見定めながらKSFを探っていくことから始めることも実際には多いのではないでしょうか。

 

だとすると、「活用」の壁を打破するには、「集約」「継続」の壁、とりわけ「継続」の壁を解決しなければならない、ということになります。経営指標と人事指標の関連と変遷を分析・モニタリングし、「継続」によって可視化される『変化』『変動』に着目することによって、重要な人事KPIを見出し戦略構築していくことが可能だからです。継続ができなければ、その『変化』『変動』を見出すことはできません。

 

データドリブンHRのKFS

人事のデータ活用、データドリブンHRを現実のものにしていくためには、いくつものステップがあると思います。私たちの関心は、「情報・データをいかに活用するか?」にどうしても向きがちで、当然その点が最も本質的に重要であることは間違いありませんが、活用を成立させるイネーブラー(enabler)にも目を向けなければ、事は実現しません。

 

人材マネジメントの各プロセスに散在したファンダメンタルな情報・データを、担当者の過大な負荷が無い形で継続的かつ統合的に集約できる基盤整備をいかに行えるか?これは、戦略人事のKSFなのかもしれません。

 

 

 

 

コラム著者プロフィール:

安松 拓也(やすまつ たくや)株式会社Trigger 代表取締役

 

医療機器販売会社・ソーシャルメディア/ゲーム会社・大手精密機器メーカーにて人事の実務およびマネジメントに従事。各社いずれも経営変革の潮目に在籍し、事業戦略の実現を目的とした人事制度改革や人材育成施策の企画・立案・実行を主導してきた。多くのマネージャーや従業員に向き合ってきた経験から、企画のみならず導入設計・運用支援を重視している。現在は独立して活動中。

事業会社の人事部門における実務視点と、HRMコンサルタントの視点の両面から、CHROFYの製品開発の協力を行っている。

 

CHROFYは、今後も、人事・経営・IR担当者に向けて「人的資本」に役立つ情報を定期的に発信していきます。

 

何か「人的資本」や「人的資本経営」について、不明点やお悩みをお持ちの方は、ぜひ、お気軽にご相談ください。

https://www.chrofy.co.jp/contact